流行は廃れる。でも、スタイルは残る
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仕事終わりの夜。
店の灯りを落としたあと、
二人で歩いて数分の、小さなバー。
静かなジャズが流れている。
カウンターの奥。
間接照明に照らされたワイングラス。
アイリスは、注文したカベルネ・ソーヴィニヨンを
くるりと揺らしながら、その色を見つめている。
深い赤。
少しだけ、彼女の頬も赤い。
Iris
「ねぇ…ルシーク。」
Ruseak
「うん?」
Iris
「スタイルって、なんだと思いますか?」
グラス越しに目が合う。
いつもより、少しだけ近い。
ルシークは軽く笑う。
Ruseak
「急だね。」
ワイングラスを少し傾けて微笑む。
Iris
「今日、接客していて思ったんです。
“似合っている”と“その人らしい”は違うな~って。」
ルシークはワインを一口。
喉を通る赤の重みを確かめるように。
Ruseak
「そうだね。違うね。」
Iris
「似合っていても、弱く見えることがある。
でも、少し不器用でも…強く見える人もいる。」
Ruseak
「強く見える?」
アイリスは頷く。
睫毛がゆっくり落ちる。
Iris
「美しさって、きっと芯の強さだと思うんです。
流されないこと。媚びないこと。」
少しだけ、声が柔らかくなる。
Iris
「モデルの仕事は好きでした。
ブランドの世界観を纏うのは誇らしかった。
でも…思想より“売ること”が前に出る瞬間、
服が軽く感じてしまって。」
ルシークはグラスを置く。
Ruseak
「服は軽くないよ。」
その声は穏やかで、揺れない。
Ruseak
「誰かの時間が染み込んでる。
選ばれて、着られて、手放されて。
また誰かに選ばれる。
軽いわけない。」
アイリスは、少しだけ目を見開く。
あの日の店内がよぎる。
誰もいない空間。
シャッター音だけが響いていた。
Iris
「…あの時、服に話しかけるみたいに
写真を撮ってましたよね。」
Ruseak
「そんなことしてた?」
Iris
「してました。」
少し笑う。
でも目は真剣だ。
Iris
「“トレンドは意識しないんですか?”って
私、聞きましたよね。」
Ruseak
「聞いたね。」
Iris
「“流行なんていつか廃れるからね。
俺は自分がかっこいいと思える不変のスタイルを貫いていきたい。
それって自分次第だから廃れない。でしょ?”
…って。」
ルシークは少し照れたようにグラスを傾ける。
Ruseak
「そんな格好いいこと言ったかな。」
Iris
「言いました。」
一瞬、沈黙。
バーの奥で氷の音が鳴る。
Iris
「私は、似合う服じゃなくて…
その人を強くする服を着たいんです。」
Ruseak
「うん。」
Iris
「服は、自信を纏うものだから。」
ルシークは彼女を見る。
いつもより、少し長く。
Ruseak
「アイリスはさ。」
Iris
「はい?」
Ruseak
「もう、強いよ。」
一拍。
アイリスは視線を逸らす。
ワインを一口飲む。
少し早い。
Iris
「…ずるいです。」
Ruseak
「何が?」
Iris
「そういうところ、です。」
ルシークは柔らかく笑う。
Ruseak
「スタイルはね。」
Iris
「はい。」
Ruseak
「何を着るかじゃなくて、
何を拒むかで決まると思ってる。」
アイリスは静かに頷く。
トレンドに流されること。
ロゴだけで満足すること。
本音を飲み込むこと。
彼女の中で、何かが静かにほどける。
ワインは少し減っている。
でも夜は、まだ浅い。
二杯目のカベルネが注がれる。
グラスを持つアイリスの指先は、
さっきよりも少しだけ力が抜けている。
ジャズは静かに流れ、
カウンターの木目が温かい。
アイリスはグラスを見つめたまま、ぽつりと。
Iris
「拒むって…簡単じゃないですよね。」
Ruseak
「うん。簡単じゃないね。」
Iris
「ショップにいた頃、
似合っていないのに“お似合いです”って言えなくて。
怒られたこと、何度もあります。」
ルシークは静かに聞いている。
Iris
「そのブランドのロゴがついているだけで満足している人を見ると、
どうしても…顔に出ちゃうんです。」
Ruseak
「正直なんだね。」
アイリスは苦笑する。
Iris
「正直すぎる、の間違いです。」
Ruseak
「それ、悪いことかな。」
アイリスは少しだけ顔を上げる。
Iris
「…損です。」
Ruseak
「でも、嘘をついてまで売るのは違うと思ったんでしょ。」
沈黙。
バーの奥でグラスが触れる音。
Iris
「はい。」
Ruseak
「じゃあ、ちゃんと拒んでたってことだよ。」
アイリスの目が、わずかに揺れる。
Iris
「拒んだ結果、居場所をなくしたら意味ないです。」
ルシークはワインを一口飲む。
Ruseak
「でも、ここにいる。」
その一言は、静かだけど強い。
Iris
「……それは。」
Ruseak
「拒んだから、ここに来たんだよ。」
彼は見つめる。彼女は、言葉を失う。
少しして、アイリスが笑う。
でもその笑顔は、少しだけ寂しい。
Iris
「私、親友とも喧嘩したことがあるんです。」
Ruseak
「へぇ。」
Iris
「本音を言えなくて。
言わなきゃいけない瞬間に、言えなくて。」
ルシークは何も急かさない。
Iris
「だから今でも、ここぞって時に…怖いんです。今だって言いたくても、怖くて言えない。」
グラスの赤が、揺れる。
ルシークはゆっくりと答える。
Ruseak
「強い人ほど、怖がるよ。」
Iris
「え?」
Ruseak
「失いたくないものがあるからね。」
一瞬、目が合う。
空気が変わる。
アイリスは、すぐに視線を逸らす。
Iris
「…それ、誰のことですか。」
ルシークは少し笑う。
Ruseak
「はは、スタイルの話だよ。」
Iris
「え・・あ、、また・・ずるいです。」
Ruseak
「何が?」
Iris
「全部、ちゃんと受け止めるのに、
踏み込ませてくれないところ。」
静かな緊張。
ルシークはグラスを置く。
Ruseak
「踏み込んだら、戻れなくなることもある。」
アイリスの呼吸が、わずかに止まる。
Iris
「…戻らなくてもいいです。」
小さな声。
ルシークは彼女を見る。
少し長く。
でも、やさしく。
Ruseak
「スタイルはさ。」
Iris
「はい。」
Ruseak
「選ぶことと同じくらい、
“待つこと”も大事なんだと思う。」
アイリスは理解している。
今は、待つ時間。
自分が強くなる時間。
グラスのワインは、もう残りわずか。
夜は、まだ終わらない。
「流行は廃れる。でも、スタイルは残る。」
バーの空気は、少しだけ重くなっている。
三杯目は頼まない。
余韻のまま、会話を続ける夜。
アイリスはグラスの底を見つめながら、静かに言う。
Iris
「ルシークは…流行を完全に無視しているわけじゃないですよね。」
ルシークは小さく笑う。
Ruseak
「無視はしないよ。意識はする。でも、追わない。」
Iris
「どう違うんですか。」
Ruseak
「流行は“情報”。
スタイルは“選択”。」
少し間。
Ruseak
「サンローランやシャネルが言ってたよね。
“流行は廃れる。でもスタイルは永遠。”って。」
アイリスは静かに頷く。
Ruseak
「流行は、時代が決める。
でもスタイルは、自分が決める。」
Iris
「人の評価は、気にならないんですか?」
ルシークは肩をすくめる。
Ruseak
「“オシャレかどうか”なんて、
人の物差しで測るものでしょ。」
ワイングラスの赤が、照明に透ける。
Ruseak
「俺は、自分がかっこいいと思えるかどうかだけだよ。」
アイリスの視線が、少しだけ強くなる。
Iris
「…それって、怖くないですか。」
Ruseak
「怖い?」
Iris
「誰にも理解されなかったら。」
ルシークは静かに答える。
Ruseak
「理解されるために着てないからね。」
沈黙。
ジャズが少しだけリズムを変える。
Ruseak
「流行は廃れる。
でも、自分が“これだ”って思って選び続けたものは、
色あせない。」
アイリスは、息を整えるように小さく頷く。
Ruseak
「体型に合わせて服を選ぶ人もいる。
それも悪くない。」
少しだけ視線を上げる。
Ruseak
「でも俺は、
着たい服に似合う自分になろうとする努力の方が、
ずっと尊いと思ってる。」
アイリスの指が、止まる。
Ruseak
「ジャケットが似合う身体になりたいなら、
姿勢を変える。鍛える。所作を磨く。」
静かな熱。
Ruseak
「服に合わせるんじゃない。
服に“応える”んだよ。」
アイリスの目が、揺れる。
あの日、シャッターを切る姿を思い出す。
Ruseak
「俺は服は作れない。
世界観も生み出せない。」
少し笑う。
Ruseak
「でも、その人に合ったスタイルは、
一緒に見つけられると思ってる。」
Iris
「……」
Ruseak
「服は、自信を纏うもの。
でも自信は、覚悟から生まれる。」
アイリスは、ゆっくりと息を吐く。
Iris
「だから、流行に媚びないんですね。」
Ruseak
「媚びると、自分の軸がブレるからね。」
一瞬、視線が重なる。
Iris
「ルシークの軸は、どこにあるんですか。」
ルシークは少しだけ考える。
Ruseak
「“普遍のかっこよさ”かな。」
Iris
「それって、何ですか。」
Ruseak
「自分で決めた美意識を、
時間が経っても裏切らないこと。」
アイリスは、静かに笑う。
Iris
「ずっと、変わらないんですね。」
Ruseak
「変わるよ。」
Iris
「え?」
Ruseak
「成長はする。でも媚びない。」
その言葉に、彼女は完全に飲み込まれる。
バーを出る。
夜風が少し冷たい。
アイリスはコートを羽織りながら、ぽつり。
Iris
「私は…」
少し間。
Iris
「ルシークのスタイルに、なりたいんじゃなくて。」
Ruseak
「うん。」
Iris
「私のスタイルを、見つけたいんです。」
ルシークは柔らかく微笑む。
Ruseak
「それでいいよ。」
少し歩幅を合わせる。
Ruseak
「俺は、その手伝いをするだけだから。」
アイリスは、少しだけ近づく。
でも触れない。
夜は静かに続く。